仕事から帰ったら 怖い顔をして
マークがリビングのソファーに
座っていた。
私を見るなり 「座れ」と
ダイニングテーブルの椅子を指す。
「ああ もう めんどくさい!」と
思いながら とりあえず
言われたとおりに座った。
それなのに
マークは何も言い出さない。
怒りで プルプル
震えているようだった。
「何?」と ちょっと
ぶっきらぼうに私が尋ねると
「明日 銀行の新しい口座を
作りに行こう。 お前の口座を」と
冷たい目をして言った。
「もう 一緒にはいられない」と
自分の気持ちに念を押すように
付け足した。
明日は仕事が休みの日だった。
日本に帰る準備があるので
10月に入った今日から
週に3日だけ働くことにしていた。
「OK わかった。」とだけ
私は答えた。
「ディナーはどうするの?」と
私が聞くと 「ベッドルームで
食べるから持って来て」と言う。
そんなに怒っているのに 私の作った
ものを食べるのか? と思ったが
すでに 夕食の下ごしらえはして
あったので 仕上げることにした。
翌日 朝食の後 「さっさと 銀行に
行こう」とマークが言い出した。
何をそんなに 焦って口座を作る
必要があるのかわからないが
一つの考えにとらわれると
思い通りにしないと気が
済まない奴だった。
車を運転しながら マークが
「前に 作ったトレード会社用の
エリーの口座は そのまま 自分で
使ったらいい。 二人の共同口座は
解約して 別々に 新しい口座を
つくるから」 と
ぶっきらぼうに言った。
はい、はい、何でも気が済むように
したらいい。 と 思いながら
口には出さなかった。
「今 言ったこと わかった?」と
マークが念を押すので 「Sure」と
答えた。
銀行で 順番を待っている間は
思いっきり不機嫌だったくせに
いざ 順番がきて テラーと
話すときには いつものように
物腰の柔らかい丁寧な態度だった。
他人に対してはいつもそうだ。
そういう 思いやりを 私に向けろ!
と 心の中で叫んでいた。
新しい口座は簡単にできて
家に帰ってコンピューターで
インターネットバンキングの
セットアップをすることにした。
パスワードを変えて 私に
アクセスできないようにした
共同口座のお金は 全て マークの
新しい口座に移行されていた。
「あっち 向いていて」と
マークが言う。
私にパスワードを見せないためだ。
どこまで 人を信用しないんだろう。
私がパスワードを盗んで お金を
引き出すとでも思っているのか!
新しいアカウントのサイトを
オープンさせると
「見て」と 私に言う。
「この 半分をエリーのアカウントに
移すから 口座番号渡して」と
付け足した。
「じゃあ 私が 自分の口座を
セットアップするから ちょっと
待ってて」と言って
セットアップを始めた私の横で
マークがイライラした様子で
座っている。
「そんなに イライラして
横に座っていられたら集中できない。
ちょっと テレビでも見てて」 と
ソファーに移ってもらった。
自分のアカウントを開いてみて
びっくりした。
トレード会社用に作った私の口座の
お金も 引き出して 残金が
59セント入っているだけだった。
たった 59セント!
買い物に行かなかったから
良かったものの もし 買い物に
行っていたら お金がなくて
恥をかくところだった。
まだ 全額 引き出されたほうが
スッキリしたのに…
「準備 出来たよ」 と言うと
マークが来て もう一度自分の
アカウントを開き 私の新しい口座に
送金した。
もう 絶対 もとに戻ることはない。
そう 思った瞬間だった。