(64) 微熱

エリカの日常

入院した翌日の昼過ぎに、メアリーが

着替えを持って来てくれた。

やっぱりマークはロビーで待ってる。

荷物を置いてメアリーと二人で

降りて行った。

病院というところは患者を休ませて

くれるところではないと

つくづく思った。

 

トロトロと眠ったかと思うと

血圧や熱を測りに来る。

 

静かに寝かせてくれたほうが

よっぽど早く良くなるだろうに…

 

朝方、また検温と血圧測定に

看護師が来た。

「あら! 熱があるわね」と、私の

入院記録みたいなものに書き込んだ。

 

そのファイルを足元のファイル入れに

入れるとき投げ込むように入れた。

すごい振動が体に伝わった。

 

もし体のどこかを切るような手術を

した後だったら、この振動はすごい

衝撃になるだろうと思った。

 

日本の看護師さんなら、そーっと気を

使ってファイルを入れるだろうに…

 

朝食はオートミールと牛乳、

シリアル、ヨーグルト。

そしてフルーツだった。

 

日本人がおかゆを食べるように

オージーはオートミールを食べる。

また寒い冬の朝食に食べたりする。

 

私はどうもオートミールが嫌いで

食べなかった。

 

朝食の時に紙を渡された。 見ると

明日の食事のリクエストだった。

 

朝食、昼食、夕食と分かれていて

メインディッシュや添え付けの野菜、

好きなパンの種類、ボリュームの

大小を選べるようになっていた。

 

「明日は ここにいない」と思ったが

暇なので自分の好みのものに

チェックをいれておいた。

 

朝食後、看護師が来て

「シャワーを浴びる?」と言って

バスタオルを持ってきてくれた。

至れり尽くせりだ。

シャワーを浴びている間に

ベッドメイクまでしてくれていた。

 

しばらくするとドクターが来て

「ハロー! 家に帰りたい?」と

いきなり尋ねた。

 

「熱があるって言われたけど…」と

私が答えるとおもむろに記録を見た。

 

「熱があるのか… ちょっと

様子を見ようか?」

 

「もう一日 ここにいるってこと?」

「そうだね」

 

この医者の言動にはびっくりした。

記録も見ずにいきなり帰りたいか

聞くなんて。

もし「帰りたい」と言ったら

そのまま退院させるのだろうか?

 

熱があるということは、体が何かと

戦っているということだ。

なにかに感染している可能性は

高いはずだ。

 

看護師が熱があると言って

くれなかったら、私は「帰りたい」と

言っただろう。

なんだかいい加減なものだ。

 

もう一晩入院するということに

なったとマークに電話した。

 

下着とTシャツ、その他

ちょっとした着替えを持って

くるように頼んだ。

 

基礎化粧品、携帯のチャージャーも

持ってくるように言った。

 

どこに何があるのか、はっきり

わからないので、すごく時間が

かかってイライラしたが、一つ一つ

説明してバッグに詰めさせた。

 

またメアリーに迷惑をかけることに

なるんだろうが仕方がない。

 

 

「エリー! 会いたかったよ。

君がいない家で一人で過ごすなんて

とっても寂しい」と、相変わらず

何年も会わなかったかのように

マークは言った。

 

「熱があるみたいなの。 だから

様子を見るんだって」

 

病院の食事はどうだった? とか

僕がいなくて寂しくないか? とか

どうでもいいことを次から次へと

聞いてきたが、私はメアリーのことが

気になって適当に返事をして

帰ってもらった。

 

どこか痛いわけでもなくて

病院にいるのは退屈だが、ちょっと

マークと距離を置くのは

とってもいいことだと感じた。

 

病院にいるにも関わらず、なんだか

いつもまとわりついている

重い空気がなくなったみたいだった。

 

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