(84)別れの朝

エリカの日常

マークがメルボルンに行く日が

近づいてきた。

 

私は パッキングに精を出した。

書類 服 雑貨 Neutribulletに

ストーン加工の鍋…

リビングに段ボールの箱が

積みあがっていく。

 

マークは メンタルを整えるために

サイコロジストのセッションに

通い始めた。

当然 私は一緒に行って

セッションが終わるまで待っていた。

 

「結界」を越えていけるように

強い薬をもらいに医者にも行った。

マーク 一人で診察室に入って

いったので どんな話を

医者としたのかはわからなかった。

 

出発の前日 予約していた

レンタカーを取りに行った。

思った以上に 荷物が多くて

全部乗せられるか 不安だった。

 

マークはパッキングに一切手を出さず

私に丸投げだった。

さすがに 私 一人で段ボール箱を

運んで車に積むなんてできないので

マークに 運ばせた。

 

突然 「エリー僕の写真どうした?」

と マークが尋ねる。

 

「なんの写真? 全部

アルバムに入れたと思うけど…」

 

「ずっと コンピューターデスクに

飾ってあった写真。 写真建てを

落として割ってしまっただろう?」

 

思い出した。

そんなものがあった気がする。

 

「あの写真 会社で表彰されたときに

撮った記念のものなんだ。

写真建てを落としたときに 写真を

拾わないとって 思ってたのに…」

 

そうだ。 あの時も 割れたガラスの

破片を処理したのは私。

マークは 掃除機使えないから…

 

そんなに 大事な写真なら 自分で

保管すればいいのに…と思いながら

かすかな記憶を頼りに 探した。

明日 出発するために まだまだ

することがいっぱいあるのに

どうしてこんな時に 写真1枚が

気になるなんて… いつだって

何でも後回しにするからだ。

 

見つけた。

「これ?」 と 見せると

「そう! これだ。

これ すごく大事なんだ。」

 

いつも 大事な物とか言っても

自分で何もしない。

全てのことは 私がするものと

思っている。

 

もう私は あなたのそばに

いないんだよ。

これから自分のことは自分でしてね、

と 心の中でつぶやいた。

 

明日 出発することでマークの不安が

マックスになっているのがわかる。

 

刺激しないように

優しく接することにしよう。

 

万が一 気が変わったなんてことに

なったら 私のほうが立ち直れない。

 

やっと ここまで 来たのだから…

と自分に言い聞かせた。

 

翌日 朝 6時にポールが

来ることになっていた。

マークは 眠れなかったのか

5時には起きていた。

 

「おはよう」と言って

マークの手元を見ると

Wild Turkeyを飲んでいた。

 

「エリー、 これを ペットボトルに

移して」と Wild Turkey を指さす。

 

「残り全部を 分けて入れて」

はっきりしない言葉で

マークが言った。

 

「出発の30分前に

薬を飲むんでしょ。

お酒 飲んで大丈夫なの?」

 

と 私が聞いても 「No, problem」

と 言うだけ。

 

珍しく時間通りにポールが到着した。

車を駐車場に停めて私にキーを渡す。

 

マークの様子を見て ちょっと

驚いたみたいだった。

 

この時のマークは はっきり言って

酩酊状態だった。

 

ろれつは回らないし

まっすぐ歩けない。

 

最後のお別れを きちんと言おうと

思っていたのに 何を言っても

わかりそうもなかった。

 

フラフラしながら 車に乗った。

ポールが ガレージから 車を出す。

 

マークは 窓を開けて 手を振った。

振り返りもせずに…

 

私は 車が遠ざかっていくのを

見ていた。

 

 

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