(82)チェックリスト

エリカの日常

直美先生のセッションを

予約していた。

 

日本に滞在中に マークが

毎日のように

電話をかけてきたことを話した。

 

その時に 刺激しないように

オーストラリアに帰ってから

ゆっくり話そうと

毎回 言い続けたと 報告した。

 

「それは 賢明な対応でしたね。

変に刺激すると 家に

火をつける人もいるみたいです」

という直美先生の言葉に 改めて

メンタルシックネスの怖さを感じた。

 

「それで エリカさんは

どうしたいのですか?」

 

「私は もう 戻るつもりは

ありません」 と答えた。

 

「世の中には 離婚したくても

経済的な理由や 執着によって

なかなか 離婚できない人が

大勢います。

冷静に 判断するために

チェックリストを 作ってみるのも

いいかもしれません」

 

「チェックリスト ですか?」

と 私が聞きなおすと

 

「はい。 離婚した場合のメリットと

デメリットを書き出していくのです。

 

例えば 経済的に無理だから…と

思い込んでいても 冷静に

今の経済状態と 離婚した場合の

経済状態を 書き出してみると

ほんの少しの金額しか

差がないことがあります。

 

そうした場合、 このまま結婚生活を

続けるメリットと 続けることによる

デメリットを 書き出してみると

案外 経済的なことは

大した問題じゃない というように

思えるかもしれません。

 

この お金の問題というのは

どこのカップルでも 大きな比重を

占めていますから…」

 

そう言われて ざっと 頭の中で

メリットとデメリットを考えてみたが

「先生、私には離婚するメリットしか

浮かんでこない気がします」

と 言ってしまった。

 

直美先生の顔に 笑みが浮かんだ。

「今ここで 結論を出す必要は

ないので ゆっくり考えてみると

いいと思います。

 

これまで マインドフルネスを

学んでこられたのですから こういう

大きな決断をするときにこそ

練習した技術を使って

考えていきましょう」

 

私の 様子からはっきりと理解できて

いないと思われたのか先生は続けた。

 

「これからも マークの言動に対して

いろいろな 反応が出ると思います。

 

けれども それは あくまでも

エリカさんの体の反応ですから

マークの言動に対して 決して

感情的になってはいけませんよ。

自分の反応に対して

いいとか悪いという判断をせず

まず中立の姿勢で受け止めて

みましょう。

 

そのうえで 今の状況から

何を選択するのが ベストなのか

考えればいいのです」

 

ここで 初めて マインドフルネスの

練習の意味が分かった気がした。

 

相手の言動に 感情的にならず

冷静に状況を判断することだ。

 

何も 私だけが

我慢するということではない。

そういうことだったんだ。

 

家に帰ってノートにチェックリストを

書き出してみることにした。

 

別れた場合の メリット。

 

自分の好きなことができる。

マークは 何でも一緒にしたがる。

それも 自分がいいと思ったことを…

私にはまったく興味のない

テレビ番組や インターネットの

記事閲覧など 常に 自分の意見を

聞いて欲しいみたいだ。

 

私が 自分一人でYouTubeのドラマを

見たり ゲームをしているのは

気に入らない。

とにかく 自分のほうを向いて

欲しいのだ。

別れたら もう そんなことに

煩わされなくなる。

 

毎日の呪文のような I love youから

解放される。 一日中 ベタベタと

引っ付いてくるマークの手を

振り払う必要もなく 穏やかに

暮らしていける。

 

負のオーラを浴びなくてすむ。

私以外のことが原因でも 何か

自分で処理できないことが起きると

マークは 負の感情に取り憑かれる。

こんな時は負のオーラを全開する。

彼がいなくなったら もう こんな

ストレスは感じないだろう。

 

家事の負担が減る。

食事の準備や 手作りのお菓子。

もう 毎日 手の込んだことを

しなくてもよくなる。

 

医者とか 役所について行かなくても

よくなる。 私の時間の無駄で

しかなかったことだ。

 

考えていくうちに マークがいかに

手のかかる人なのかと

改めて思ってしまった。

彼が いなくなると どれだけの

時間が自由になるのだろう?

 

経済的にも 今 別々に支払いを

しているが対して困ったことはない。

むしろ マークの 衝動買いに対する

ストレスがなくなって

嬉しいぐらいだ。

 

別れた場合のデメリット

 

ハグしてくれる人がいなくなる…

ぐらいしか 考えつかない。

 

ハグしてもらうと 守られているって

いう安心感がある。

何かあったときに ハグしてもらって

ぬくもりを感じると

「大丈夫」って思える。

でも もう今は どうでも いいこと

じゃないのって 笑ってしまった。

 

 

 

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