(71)外堀を埋めて ーその2ー

エリカの日常

私がポールのための食事の用意で

忙しいとわかっていたので

気乗りしない様子で マークは

バジルを取りに行った。

 

すぐに すごい 勢いで帰ってきて

「エリー 水!水!」と

マークが叫んだ。

「どうしたの?」 と ナンの生地を

こねながら聞いた。

 

「水! 早く!」

「手が 粉だらけだから

自分でいれて」

「いいから 早く! 水!」と

死にそうに マークは繰り返す。

 

「どうしたの?」 と のんびり

聞いた私に 「水!」と

ブチ切れて叫んだ。

 

仕方がないので 手を洗って

コップに水を入れて渡した。

 

マークは 真っ赤な顔をして

水を飲み干して それでも

ゲホゲホいっていた。

 

「どうしたの?」と 私が聞くと

 

「チリを 食べた」と

マークが答えた。

 

そういえば 鳥が種を運んで来たのか

庭の一角に唐辛子が育って

今 赤い実が たくさんなっていた。

 

「えっ? チリを食べたの?」

「うん。 一個 丸ごと 食べた」

 

かわいそうに…と思う前に

この人 ホントに馬鹿だと思った。

 

「どうして 丸ごと食べるのよ。

辛いに決まっているでしょ」

「でも 小さかったし…」

 

小さくても 丸ごと 種まで食べたら

辛いに決まってる。

 

どうしても 味見したかったら

先っぽを ちょっと かじるだけで

充分なのに…

 

「もっと 水!」とマークが言うので

「チリ 食べたぐらいで死なないよ。

私 忙しいから 自分で入れて」と

言ったら 「水!」と また怒鳴る。

 

もう

パニックを起こしてしまっている。

 

私の声なんて耳に入ってない。

ホントに 何をさせても

めんどくさい結果になるんだ。

 

あきれながら また コップに水を

入れて渡した。

 

結局 バジルは摘んでこなかった。

後で また

採りにいかないといけない…

 

マークが 落ち着いたころ

ポールが到着した。

 

あんなにギャーギャー言っていたのに

何事もなかったかのように

マークは 紳士面して

ポールを出迎えた。

 

いろんな種類のカレーを楽しめる

ことにポールはとても喜んだ。

 

彼は カレーを作るときに

全てのスパイスを自分で挽くことから

始めるらしい。

 

私は スーパーで売ってるペーストを

買ってきて 自分で 適当に

味をつけるだけだけど…

 

食卓で ポールが 「アンクル

クリスのところに行くんだって?」と

言った。

 

「僕のダッドも それを聞いて

喜んでたよ。 アンクル クリスが

一人暮らしだと 心配だけど 二人が

一緒に住んでくれたら

心強いって…」

 

デビッドとポールにまで

話しているんだ。

私は OKとは

ひとことも言わなかった。

「考えさせて」と

言っただけなのに…

 

マークが 意識的に 外堀を

埋めようとしたわけではないと思う。

 

彼が そんな 器用な作戦を

考え付くとは思えなかった。

 

それでも 私の周りの人は

みんな私たちがクリスと暮らすために

メルボルンに行くことを決めた

と 思い込んでいた。

 

もう 私に 「行かない」という

選択肢は与えられていなかった。

 

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