あなたは気づいていないけれど
あなたの中の子供が
いつもおねだりしてる。
「僕を愛して」
「僕を見て」
「僕にかまって」と。
決して満たされることなく
もっと もっとと…。
キャシーが出ていってしまったので
新しいシェアメイトを探さなければ
ならなかった。
今 住んでいるユニットは
初めのうちは賃貸していたが
オーナーが売りに出したときに
頭金を工面して買った。
ローンで払う金額と
家賃で払う金額は
ほとんど変わらなかったから。
マークの広場恐怖症を考えると
引っ越すのは無理だという
理由もあった。
地元のシェアメイト募集の
サイトに記事を載せた。
キャシーは とてもいい人だったが
オージーとのシェアで
いろいろとトラブルが起きた話を
よく耳にするので
今度は日本人の女性がいいと思った。
記事をアップするとすぐに
部屋を見たいという連絡が来た。
その女性は 小野 洋子さん
という名前だった。
本人に会う前に マークは
「ヨーコ・オノ?
ジョン・レノンの奥さんと
同じ名前?」
と 名前だけで興奮していた。
ヨーコさんは部屋を気に入ってくれて
すぐに 引っ越してくると言った。
彼女は どうしても
オーストラリアで看護師になりたくて
今 学校に通っている。
週に何度かバイトもしているらしい。
彼女が来た日に
歓迎のディナーを作った。
ギリシャ風マリネードの
丸ごとチキンと ジャガイモ 人参
ブロッコリーをオーブンで焼いた。
クスクスサラダをご飯代わりにして
ズッキーニとパプリカの
マリネも作った。
デザートにブルーベリーソースを
のせたレアチーズケーキ。
「こんなに おいしいご飯を
おうちで食べられるって
マークは幸せですね」と
ヨーコさんが言うと マークは
「僕は 毎日レストランの料理を
食べているんだ」と自慢げに言った。
「私も夕食に参加させてもらっても
いいですか? 学校の課題をしたり
バイトにも行くので
毎日ではないですけど。
前もってわかっているときに
お願いします。
外で ちょっとしたものを食べても
20ドルはするので 1食15ドル
払います」と 申し出てくれたが
材料費が高くつくときは
その分負担してもらうけれど
普通の食事なら10ドルでいいと
言った。
ヨーコさんの前のオーナーは
日本人で 物事をはっきりと
言う人ではなかった。
何かと 親切にいろいろと
してくれたらしいが
それに対するヨーコさんの態度が
気に入らないと 不機嫌に
なったりするので
とても気を使ったらしい。
そういうわけで あらかじめ
はっきりと決めておいたほうが
気分的に楽だと言うので
ルームシェアの料金と
電気代のほかに 食事代として
1食10ドルもらうことにした。
私も 物事をはっきりと言う
性格なので ヨーコさんとは
すぐに仲良くなった。
二人で話すときは 当然
日本語になる。
マークが 会話に入ってくると
英語で話すが ちょっとした
受け答えが日本語になってしまう。
するとマークは
「Speak English」と必ず言う。
「ああ、 そうなんだ」
「えー ホントなの」
「嫌な感じね」 というような
話の本筋には
全然影響しないことでも
日本語を話されると
面白くないらしい。
オーストラリアには
いろいろな国の人がいて
同じ国から来た人同士は
もちろん母国語で話している。
私が 韓国人の友達のグループと
食事に行った時も
私が参加している話題は
英語で話しているけれども
自分たちの間で起きた面白いことは
韓国語で話していた。
そして 一段落ついたところで
誰かが英語で 今の話題について
説明してくれた。
どの国のグループでも
同じことが起きている。
だから 私がヨーコさんと
日本語で話しても全然
かまわないものだと思っていた。
けれども マークは 二人が日本語で
話していると機嫌が悪い。
「うるさくて テレビが聞こえない」
と文句を言ったり
「エリー 紅茶入れて」と
話を遮ったりする。
マークは 私がドラマを見ていても
大声で誰かと電話で話をしたり
食事中にヨーコさんが英語で
話しかけても
聞いていないこともある。
「マーク、 ヨーコさんが
話しかけてるよ」と私が言うと
「いつも 日本語で話しているから
気がつかなかった」と とっても
失礼な返事をする。
看護師になりたいというだけあって
ヨーコさんは マークの不安症を
理解しマークのわがままにも
目をつむってくれた。