(30)パラダイムシフト

エリカの日常

 

「タニアはレイプされたから」

キャシーが言った。

 

何を話していたのか

ちゃんと聞いてなかったので

びっくりした。

 

キャシーの友達のタニアが

ゴールドコーストに来る用事があって

訪ねてきた。

 

キャシーの3倍ぐらい明るくて

よくしゃべる人で

二人の会話が早くてついていけず

ぼんやりとしていた。

 

それにしても 初対面の私に対して

本人を目の前にして

レイプされたことを

さらりと言うなんて…

 

日本だと レイプの被害者は

白い目で見られてしまう風潮がある。

傷害の被害者であって 本人が

責められるべきではないのに。

 

なかには興味本位で

あることないこと

言いふらす人もいる始末だ。

そんな中で育ってきたので

「レイプは隠さなければ

ならないこと」と思っていた。

 

それを あまりにも

あっけらかんと言うなんて。

 

私は知らず知らずのうちに

日本の風潮に侵されてれて

レイプの被害者を

「恥ずべき者」というフィルターで

見てしまっていたようだ。

 

でも キャシーもタニアも

そんな様子は少しもなく

単なる不幸な事実として

話をしている。

 

ここで 私は レイプの被害者は

交通事故でひどいけがをしたとか

誰かから暴行を受けたとかの

「傷害の被害者」という

フィルターで見るように変わった。

 

パラダイムとはフィルターのこと。

同じ事実でも 違うフィルターで

見ると 考え方、価値観が変わる。

同じ映画を見ても

「この映画は面白い」という

フィルターで見る場合と

「この映画はつまらない」という

フィルターで見るのでは

全く感想が変わってくる。

 

物事を 違うフィルターを

通してみること、

これをパラダイムシフトと

言うらしい。

 

さらに タニアの話に驚かされた。

 

「もう 私の娘は救いようがないわ。

ドラッグ欲しさに売春まで始めて。

息子のジョーをほったらかし。

育児放棄よ。」

 

返す言葉がなかった。

タニアのこともよく知らないし

そんな重い話をされても

どう 答えたらいいのか

わからなかった。

 

ここでもパラダイムシフトが起きた。

日本では身内に犯罪者が出ると

その家族まで犯罪者のように

扱われる。

自分の犯した罪でもないのに

悲惨な人生を歩むことになる。

 

タレントの息子が 40過ぎて

覚せい剤を使用して逮捕されると

親であるタレントが記者会見で謝る。

 

冷静に考えると 40過ぎて

親の言うことを はいはいと

聞くような人はいないだろう。

 

タニアは 孫のジョーを

引き取るために

ゴールドコーストに来たと話した。

 

「お孫さん いくつ?」

おそるおそる聞いてみる。

「8歳。 父親が育てていたんだけど

どうも うまくいかないらしくって」

 

「ジョーは タニアのところに

行きたいって?」。

 

この質問は差し支えないかなと

思いながら言った。

 

「シドニーは都会だし 前から

行ってみたかったって言ってるわ。

父親は いい人だけど

役立たずだからね」

とタニアは陽気に笑った。

 

キャシーはつらい過去を乗り越えて

今は幸せと明るく生きている。

キャシーの存在は私にとって

力強い味方だった。

 

その友達のタニアは

もっと強力なエネルギーを

送ってきた。

 

私の価値感を心の奥深くで

左右していた 日本の嫌な風潮、

閉鎖的で 陰湿で…といったものが

一気に吹き飛ばされたみたいだった。

 

起きてしまった問題を

くよくよ考えても仕方がない。

 

とにかく 前を見て

進んでいくしかない。

 

タニアのバイタリティーのすごさに

圧倒された。

 

「ジョーが 学校から 帰ってくる

時間だわ」

昼前に来てランチを一緒に食べて

3時間ほどおしゃべりをして

タニアは帰っていった。

 

早口で大きな声で話すタニアが

いなくなると 家の中は

急に静まり返ったみたいになった。

 

ほんの3時間ほどだったけど

あまりにも濃い話で

ぐったりしてしまった。

 

マークは初対面の人と

会う元気がないと言って

ベッドルームにこもっていた。

 

今から マークの相手をするのかと

思うと ちょっと気が重かった。

 

 

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