世界が輝いて見える。
ほんとに そんなことが起きるんだと思った。
あの頃の私にとって
樹々の緑は いつもより青々として見え
空は 限りなく澄み切って見えていた。
初めて デートした日から
マークは毎日 La Grande に来た。
私のシフトは6時まで。
彼は 8時から4時の勤務で
仕事が終わった後
少しビーチを散歩して 私を迎えに来た。
「ビーチで リフレッシュして
いい気分で エリーと会うんだ」
穏やかな彼の笑顔で
私の一日の疲れ ストレスは吹っ飛んだ。
2週間 毎日 外食していたら
さすがに 胃の調子が悪くなってきた。
昨夜 帰ってから
簡単にできる洋風ちらし寿司と
チキンコンソメでスープを作っておいた。
シェアメイトのオリビアの分もある。
マークと付き合いだしてから
毎日 私が 「マークがね…」と
ことあるごとに話をするので
「もう マークって名前に うんざりだわ」
と 言っていたので
お詫びのつもり。
6時きっかりに マークがフロントに現れた。
「今日は うちでディナーを食べよう」
と 私が言うと
満面の笑みを浮かべた。
「この寿司サラダ とってもおいしい。
スープもね。 レストランで食べるより
ずっと いいよ」
ちらし寿司と言ってもわからないので
酢飯にオリーブオイルを少々混ぜて
細かく刻んだ生野菜と
炒り卵 カニかまぼこを混ぜたものを
『寿司サラダ』と言って出した。
オージーの中には
野菜はポテトと コーンしか食べない。
メインディッシュは
ハンバーガーやローストした肉しか
考えられないという人が多いけれど
マークは 日本食や 韓国料理をはじめ
アジアンフードが 大好きだった。
この日から ほとんど毎日
うちで夕飯を食べるようになった。
オリビアは 最初に会ったときから
何故かマークが気に入らなかった。
マークの言葉で言うと
ケミカルが合わないんだろう。
だから 彼女は
ディナーの時間をずらして帰ってきたり、
友達と電話をしたりするために
自分の部屋に閉じこもっていた。
ある日 二人でディナーを食べているとき
オリビアがすごく不機嫌な顔をして
ガチャガチャ音を立てて 洗い物をし始めた。
オリビアに聞こえないように マークが言った。
「オリビアは 僕のことが 嫌いなんだ。
僕は そういうこと敏感にわかる。」
オリビアの態度は
「敏感でなくても わかるだろう」
というぐらい露骨だった。
次の日 マークは大きな箱を抱えて
私を迎えに来た。
片手鍋3つとフライパン2つのセットを
買ってきた。
「今日から うちで 食べよう。」
私も 昨日のオリビアの態度が気になって
今日は 外食しようと思って
何も用意していなかった。
買い物に行く前に
まず マークの部屋に行った。
引っ越してきたばかりで
家具がそろってないと言っていたが…。
ドアを開けると リビング。
6人掛けのダイニングテーブルと
一人掛けのソファが2つ。
キッチンには冷蔵庫もない。
もちろん 調味料も 油もない。
メインベッドルームには
クイーンサイズのベッド
もう一つのベッドルームは 何もない。
ランドリーに洗濯機はあった。
あまりに 物がなくて びっくりした。
「これじゃ 何も作れない…」。
そうマークに言って
その日は外食することにした。
次の日から
二人で夕飯の買い物をするようになった。
どちらかがその日に食べたいものを言ったり、
おつとめ品になっているもので
作れるメニューを考えたり、
料理に時間をかけたくないと思ったときには
焼き上がっている
ローストチキンを買ったりした。
調味料も少しずつそろえていった。
マークと一緒に買い物をすると
意外なものが好きなことに気づいて
楽しかった。
例えば コリアンダーが異様に好きで
何にでも コリアンダーを添えようとしたり…。
休日やレイトナイトショッピングデーには
家電を買いに出かけた。
「エリーがいいと思うものを買ってよ。
僕は何でもいいから。」と
冷蔵庫や電子レンジを選ぶときは
大きな犬みたいに
私の後をついてくるだけだった。
何でも二人で選んで まるで
二人で巣作りをしているように思えた。
ガランとしていた2ベッドルームのユニットも
少しは 生活感が生まれていた。
ある日 私を迎えに来て マークが言った。
「今日は 仕事が終わらなくて
ビーチに行けなかった。
ちょっと ビーチを散歩してから 帰ろう。」
たまには ビーチを歩くのも悪くない。
二人で ブロードビーチの砂浜を歩いた。
しばらくすると 太陽が沈み始めた。
きれいなサンセットを
二人で並んで見ていると
肩に回されたマークの手が離れた。
「なに?」と
不思議そうな顔をしている私の前で
彼が 片足でひざまずいて
「Will you marry me?」と
私の手を取って指輪を差し出した。
またしても サプライズ。
自然に涙があふれてきて
私は無言でうなずいた。
付き合い始めてから
まだ2か月しか経っていなかった。